作家としてドラマや映画の脚本に携わる今超人気脚本家の加藤拓也さん。
有名俳優からもオファーが殺到するという
加藤拓也さんとは一体どんな人物なのか気になりますよね。
ということで今回は、加藤拓也さんのプロフィールや経歴などについてまとめてお伝えしていきます。
加藤拓也のwikiプロフィール
- 名前:加藤拓也
- 読み方:かとうたくや
- 生年月日:1993年月26日
- 年齢:30歳(2024年11月現在)
- 出身地:大阪府東大阪市
- 職業:作家・脚本家・映画監督
- 所属:フォスター
加藤拓也さんは、1993年生まれ31歳の作家・脚本家です。
高校時代からラジオ・テレビ番組などの構成作家を始め、劇団の設立や映画監督を務めています。
31歳ながら超人気脚本家になるまでには、様々な苦難もあったのでどんな人物なのか見ていきましょう。
趣味
- コーヒー
- 銭湯、サウナ
- 脱出ゲーム
- 株に興味がある
- 接骨院で骨の位置を元に戻すこと
骨を元に戻す…ちょっと変わってますね笑
では、まず学歴から見ていきます。
加藤拓也の学歴(高校・大学)!興國高校出身!
加藤拓也さんの学歴について見ていきましょう。
- 出身高校は興國高等学校
- 大学は進学していない
詳しく見ていきます。
高校は興國高校!
加藤拓也さんの出身高校は、
興國高等学校の偏差値は、42~56です。
私立高等学校・男子校で、この学校には以下の科・コースがあります。
【普通科】
スーパーアドバンスクラス
プレミアムアドバンスⅠ類・Ⅱ類
アスリートアドバンスコース
キャリアトライコース
アカデミアコース
【商業科】
ITビジネス科
加藤拓也さんの出身科・コースは明らかになっていませんが、すでにこの頃から作家としての土台を築いていたのでしょうね。
学生時代は、野球をしていたため、テレビや映画は見ていなかったといいます。
当時の夢は「スポーツ整体を習い、野球選手の付き人」だったんですって。
しかしながら、高校在学中の17歳で既にテレビやラジオの構成作家として演出を手掛けていました。
テレビや映画を見ていないのに??
と思ましたが、
小説家の小川洋子さんの小説を読んでいたことで、作家として大きい分岐点だったそうです。
大学は進学していない!
加藤拓也さんは、大学には進学していません。
高校卒業後はイタリアへ渡り、MV・映像演出を学んでいました。
ホームレスも経験したという加藤拓也さんの詳しい経歴を見ていきましょう。
加藤拓也の経歴!元ホームレスの過去
まず、加藤拓也さんの経歴を簡単にまとめてみます。
- 中学時代:ブログを書き始める
- 2010年(17歳):ラジオ・テレビで構成作家として演出
- 2011年(18歳):イタリアにてMVの作成や映像演出を学ぶ
- 2013年:日本へ帰国後ホームレスに。その後「劇団た組」「わをん企画」を立ち上げる
- 2017年:シアタートラムで「壁蝨」を上演
- 2018年:フジテレビ『平成物語』でドラマ初脚本
- 2018年:日本テレビ『部活、好きじゃなきゃダメですか?』で連ドラ初脚本
- 2019年:日本テレビ『俺のスカート、どこ行った?』で初のゴールデン帯脚本を全話担当
- 2022年:NHK『きれいのくに』で第10回市川森一脚本賞受賞
- 2022年:映画『わたし達はおとな』で長編映画監督・脚本デビュー
- 2023年:日仏合作映画『ほつれる』を制作、舞台『綿子はもつれる』を台湾で上演
- 2024年:ロンドン Charing Cross Theatre で新作を書き下ろし、演出家として上演
ざっくりと見ただけでも波乱万丈な人生と、ただならぬ実績だなといった印象ですよね。
それでは経歴を詳しく見ていきましょう。
幼少期~高校時代
加藤拓也さんが作家になるきっかけとなったのは
文章を書くことが面白かったという加藤さんは、最初から作家になろうとは思っていませんでしたが、
「日常の事ではなく本当っぽい嘘」を読んだ人が嘘だとわかるようなこと
をブログに書き、後にそれが何かを書くという作家への行動のきっかけになったといいます。
高校時代の17歳時には、ラジオ・テレビの構成作家として演出を始めました。
私自身もこうして文章を書いていますが、文を書きながら読み手はどのように感じるのかということは多少なりとも意識してしまいます。
きっと加藤さんも「自分・相手」双方の視点から物事を見てきたからこそ、後に作家として”売れる”要因になったのでしょうね。
高校卒業後にイタリアへ
高校を卒業すると、映像演出を学ぶために
イタリアへは、映像演出を学ぶためということで2年間滞在。同時に映像作家としても活動をしていました。
このときから自分の頭の中で「どのようにどんな角度で撮れば最適か」などを模索していたことが伺えますね。
それにしても、単身で遠方へ学びに行く精神には感心してしまいますよね。
ちなみに、学ぶために同行した空撮の練習では、ドアを全部外したヘリに乗ったもののパイロットが酒を飲んでおりフラフラして怖かったため、もう二度と乗らないと話しています笑
ホームレスになっていた
加藤拓也さんは、イタリアで2年間過ごし学んだ後、日本へ帰国(20歳)。
なんと、
ちょっと身の上話になりますけど、MVを撮り終えてイタリアから帰ってきた後、少しの間、ホームレスをしていたんですよ。そんな僕に住む場所を貸してくれたのが、イタリアに行く前から知り合いだった演劇関連の人で。それで、しばらくその人の家の押し入れで暮らしていました
この答えている感じだと、実家へは行けたものの「自分の夢」と「仲間といること」を選択したように思えますね。
演劇関連の知り合いの家に住まわせてもらったそうですが、この時に住んだ家というのが「演劇人が多く集まるシェアハウス」でした。
ちなみに、住んだのが押入れだったため豆電球で明かりを灯していたそう笑
ただ、これが後に劇団運営を始めるきっかけとなりました。
「劇団た組」「わをん企画」を設立
2013年に「劇団た組」「わをん企画」を設立しました。
劇団を設立するきっかけとなったのは、帰国後シェアハウスで一緒になったルームメンバーでした。
きっかけは偶然なんです。イタリアから東京に帰ってきて、しばらくホームレスをしたあとにたまたま住むことになったシェアハウスのみんなが演劇をやってた。
持つべきものは友!というような流れでしたが、そんなうまいこと行かなかったそうで…
5回目の公演が終わったあとに、
あまりに突然だったことからどうするのか決断を迫られる状況になってしまいました。
経営か夢か
加藤拓也さんは、「劇団た組」の運営と「わをん企画」の代表を務めていました。
劇団員がいなくなってしまったことで、以下の決断を迫られました。
- 経営者としての仕事を極めて経営者になる
- クリエイティブの道を行き夢を追い求める
結果選んだのは、
要するに自分のやりたかった作家・脚本家の夢を追い求めたということですね。
当時は、あまり会社を大きくするのに興味がなく、自分の好きなことを好きなタイミングでやれる方が楽しかったからなんだそう。
おそらくここは意見が分かれると思いますが、現実的な”安定”を取るのではなく、”自分のやりたいこと”を取る人は、あまり多くないでしょうし綺麗事とはいえ大切なことですよね。
ドラマで初脚本│長編映画も監督・脚本
2018年(25歳)から、ドラマや映画で作家・脚本家として活躍し始めます。
2018年:フジテレビ『平成物語』でドラマ初脚本
2018年:日本テレビ『部活、好きじゃなきゃダメですか?』で連ドラ初脚本
2019年:日本テレビ『俺のスカート、どこ行った?』で初のゴールデン帯脚本を全話担当
2022年:映画『わたし達はおとな』で長編映画監督・脚本デビュー
フジテレビ『平成物語』でドラマ初脚本
2018年「平成物語」でドラマ初脚本を担当。
後に、第7回市川森一脚本賞にノミネートされました。
フジテレビでは、
と紹介されるなど、期待の新人とは言えないほどの呼ばれようですよね。
ここから加藤拓也という名を馳せることとなります。
『部活、好きじゃなきゃダメですか?』で連ドラ初脚本
2018年、日本テレビ『部活、好きじゃなきゃダメですか?』で連ドラ初脚本を担当。
『俺のスカート、どこ行った?』
2019年、日本テレビ『俺のスカート、どこ行った?』で初のゴールデン帯脚本を全話担当。
初回の視聴率は10.7%だったようです。
ゴールデン帯のドラマをまるまる全話担当ですから、一般的な感覚ではもう「プロ」ですよね。
これまでの実績を見たテレビ局から完全に任せられたとも言えますから、相当うれしかったことでしょう。
『わたし達はおとな』で長編映画監督・脚本デビュー
2022年、映画「わたし達はおとな」にて、長編映画の監督・脚本デビューを果たします。
加藤拓也さんは、長編映画に対してインタビューでこう答えていました。
構成作家をやったり、ミュージックビデオとか短編作品、ドラマを撮影していました。だからいずれは長編を撮ることもあるのかなとぼんやりと思っていましたが、強い憧れがあったわけじゃなかったんです。プロデューサーの方が「初長編は一緒に」と言ってくれて前作『わたし達はおとな』が実現した形です。
長編はいつかやるだろうな、と感じていたところ、Pから誘われたことで制作が決まったようです。
初長編は一緒に!と言ってもらえるほどの信頼があるのが伝わってきますね。
海外へも進出
以前から海外への進出を考えていた加藤拓也さん。
これまでの実績や、「多言語で作品を作ってみたい」と海外への野望を語っていたことからか、
「ほつれる」は、
・第45回ナント三大陸映画祭DISTRIBUTION SUPPORT AWARDを受賞。
・Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023を受賞。
さらに台湾で、初の海外公演となる舞台『綿子はもつれる』を上演しました。
「ほつれる」と「綿子はもつれる」は同じテーマであるものの、まったく違うアプローチをしていて、『映画』と『舞台』で違いが感じられるそう。
ロンドンや台湾、フランスと言った海外へも進出している加藤拓也さん。
多言語で作品を作ってみたいとのことなので、さらに海外での作品が期待できそうですね。
数々の賞を受賞
加藤拓也さんがこれまでに受賞したものを紹介します。
- 若手演出家コンクール2017優秀賞
- 第10回市川森一脚本賞(『きれいのくに』)
- 第30回読売演劇大賞優秀演出家賞
- 第67回岸田國士戯曲賞(『ドードーが落下する』)
- Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023
- 第45回ナント三大陸映画祭 DISTRIBUTION SUPPORT AWARD(『ほつれる』)
- 第45回ヨコハマ映画祭 森田芳光メモリアル 新人監督賞
- 39 edició de CINEMA JOVE グランプリ Premi Lluna de València(『ほつれる』)
脚本家のイメージは歳を取っているイメージなんですが、加藤さんはまだ30歳と若いながらも実績が多くあり、人々を引き込む魅力を持っています。
加藤拓也の家族!結婚した嫁や彼女に子供は?
加藤拓也さんの家族について調べてみましたが、
そのため、嫁(妻)や子供もいらっしゃらないと思われます。
加藤さんのインタビュー記事はいくつかあるものの、プライベートの情報はあまり語っておらず謎が多いようです。
また、家では猫を1匹飼っているとも話していることから、独り身でもさみしくはなさそうですね。
とはいえ、加藤拓也さんは童顔イケメンですから30歳という年齢を考えても交際している彼女はいそうですよね。
加藤拓也の年収はいくら?
加藤拓也さんは30歳という若さで超人気作家・脚本家となりましたが、その年収について気になりますよね。
結論からいくと、およそ2000万~3000万円ではと予想されます。
脚本家の平均年収を調べてみました。
ハリウッドの脚本家 | 平均年収:およそ数千万円~数億円 |
テレビドラマの脚本家 | 平均年収:およそ650万円~1000万円 |
映画の脚本家 | 平均年収:およそ100万円~500万円 |
アニメ・ラジオの脚本家 | 平均年収:およそ320万円~1000万円 |
加藤拓也さんは「テレビ&映画の脚本家」に該当しますね。
大手テレビ局のゴールデン帯ドラマや長編映画の脚本、
さらに、劇団た組の運営もしていますし、海外との合作映画製作などもあります。
名誉ある賞もいくつも受賞しているなど実績もあります。
脚本家の年収は実力に比例する部分が大きいそうで、実力があればあるほど比例して増えていくようです。
以上のことを踏まえると、2000万~3000万円は固そうだと予想できるでしょう。
やはり、30歳でこれですから今後の活躍がさらに楽しみになってきますね!
まとめ
今回は超人気作家・脚本家の加藤拓也さんの経歴や学歴プロフィールについて見てきました。
- 加藤拓也は人気作家・脚本家
- 高校は興國高校で私立の男子校
- 17歳から映像作家として活動
- ホームレスを経験し劇団た組を設立
- ドラマや映画で数々の受賞
- 結婚はおそらくしていない
- 年収は2000~3000万円以上!